LITTLE FLOWERリトルフラワー

liner notes より抜粋 - 音楽ライター:山中弘行氏(a Taste of JAZZ)

ギター関連の種々の雑誌を中心に原稿を提供している私が吐露するのも可笑しな話だが、特にギターが好きでもなく、詳しくもなく、ただ良い音楽が聴きたい方達にとって、「速く弾ける」「信じられない超絶技巧」「小難しいハーモニー」「コピー出来たら偉い」等々ということは、何の意味も持たないことだ。
 加えて、それらのテクニックの“ひけらかし”をセールス・ポイントとするような音楽には、ギター好きの私でさえ全く興味が湧かない。
 では、「ait guitar trioの魅力は?」と尋ねられれば、私はどう答えるだろう。実に簡単である。即座に次の3点を挙げる。“アンサンブルの素晴らしさ”“それを表現する3人の演奏技術の高さ”そして“風景を描き出すセンス”だ。その“風景”を旅してみよう。

オープニングの「旅の窓」は、筒井裕之の温かいナイロン弦ギターが私達を乗せる汽車や線路なら、浅沼毅一と鷲尾一夫の透明感のある2台のギターは車窓から見える移りゆく景色、そこにゲスト・ヴァイオリン奏者Yu-Maの音色が風や鳥、雲、花のように私達を和ませてくれる。

フラメンコ・ギターに長けた筒井の弾けるような音で幕を開ける浅沼の手による「星の砂漠」は、ある日、夜空を見上げた浅沼が「世界で一番星が綺麗に見える場所はどこだろう?」という想いが誘った場所に私達を連れて行ってくれる。そう天空を埋め尽くすほどの星の光が降り注ぐ砂漠。Yu-Maのヴァイオリンがまるで流れ星のようで美しい。

「Luciano」とは、筒井がボストンのバークリー音楽大学留学中に出逢った友人の名前。そんなルシアーノ君に捧げられた曲には、彼の故郷ブラジルの太陽と海、そして夜と影が感じられる。

いつも笑顔が優しい鷲尾の手による「Peaceful Days」は、ゆったりとしたリズムと優しさに満ちたメロディが印象的。鷲尾が今までに出逢ってきた、これから出逢うだろう人達への「ありがとう」の気持ちを込めた曲。思わず「こちらこそ、ありがとう」と言いたくなる。

「Little Flower」は印象的な音列をテーマに持つ浅沼の作品。このスピード感は“ドキドキ”“ワクワク”する気持ちであり、また野原に吹く風のようでもある。だとすればこの“小さな花”は白い綿帽子になって、やがて花を咲かせるタンポポだろうか。命の尊さと自由を感じされてくれる。

続く筒井による「Triangle」は、一瞬にして私達を熱気と哀愁の国スペインに連れて行ってくれる。Yu-Maのヴァイオリンと3本のギターが時に離れ、時に寄り添い、時に絡み合いながら何かを語り合っているかのうようだ。はて、何を話しているのだろう……。

ここで登場するジプシー・スウィングの創始者ジャンゴ・ラインハルトの代表曲「Nuages」。始まった途端、“まさか”のアレンジに思わず笑みがこぼれた。このようなマヌーシュ音楽に造詣の深い筒井だからこそ表現出来る“自由”なのだろう。ボサノヴァにするとは! 

一転して鷲尾作の「Late Morning in Paris」は、そのジャンゴが1920年代に活躍したフランスのパリの街角にタイムスリップさせてくれるようなジプシー・スウィング! いやはや、やってくれるな。前曲と続けて聴くと何だかとても不思議な感覚になるのだ。Yu-Maのヴァイオリンがパリの朝風を運んでくる。

続く「Made in France」は、幼くして“ヤング・ジャンゴ”と称され、現在もフランスに居を置きながら、世界中で人気を博しているギタリスト、ビレリ・ラグレーンのオリジナル曲。近年、“渡り歩く人”等というネガティヴなイメージから、音楽以外の場では使われる機会が少なくなってきた“ジプシー(フランス語では“ジタン”)”だが、語源は“エジプシャン(エジプトから来た人)”である。以前、同じくジプシーの血を引くハンガリー人ギタリストのフェレンツ・シュネートベルガーの『NOMAD(ノマド)』というCDのライナーノートを書かせてもらう時に彼から聞いたのだが、「僕もジャンゴが大好きでね。だからジプシーという言葉には違和感もないし、ジャンゴと同じという誇りすらある。でもね、単一民族じゃなくて、僕はRoma系だけど、友人はShinti系という風に区別はあるんだよ。みんなには興味ないかもしれないけどね(笑)」と話してくれた。それにしてもジャンゴは素敵な音楽スタイルを残してくれたものだ。

この旅も終盤になり、舞台は欧州から米国へ。アメリカが生んだ偉大な作曲家ジョージ・ガーシュインの名曲「Summertime」の登場だ。とは言うものの、旅の余韻だろうか、欧州風のギターのアルペジオの上で、アメリカ音楽のブルーグラスがメロディを奏でているような不思議なアレンジ。まさに ait guitar trioならではの演奏だ。

そして旅の終着地は、世界中どこにでもあるだろう静かな浜辺。優しげな波の音が聴こえる。そこに見えるのは、穏やかな海と月、そして波を輝かせる月光。鷲尾の「月のささやき」を聴きながら旅の思い出に浸ろう。

いかがでしたか、今回の旅は。様々な“風景”が見えたでしょう? 本作はait guitar trioの魅力を余すところなく伝える作品であり、そこに更なる大人の雰囲気が加味された“傑作”だと表現することに一切の躊躇いを感じさせない。つまり、狭い「ギター好きのための音楽」の域を超越し、更に多くの「良い音楽を欲している人達のための音楽」が本作にはギッシリ詰まっているから。これには Yu-Maの参加が今作のサウンド。カラーを広げることに大きく寄与している。

彼はビバップやジプシー・スウィングに長けたヴァイオリン奏者で、普段は大阪を中心に活動。筒井とDix Ficellesというデュオ・ユニットを組んでいることもあり、「ait guitar trio」の4人目のメンバーと呼んでも良いかもしれない。Yu-Maを含めた22本の弦が織りなすハーモニーが美しく馴染む。

今日の段階でもう30回以上は聴いているが、飽きが来ない。むしろ聴くたびに新しい発見がある。「何とも不思議な魅力に満ちた素晴らしいギター音楽を作り上げたものだ」と心から呆れている。

音楽ライター:山中弘行(a Taste of JAZZ)

little flower
  • 1. 旅の窓 (Hiroyuki Tsutsui)
  • 2. 星と砂漠 (Kiichi Asanuma)
  • 3. Luciano (Hiroyuki Tsutsui)
  • 4. Peaceful Days (Kazuo Washio)
  • 5. Little Flower (Kiichi Asanuma)
  • 6. Triangle (Hiroyuki Tsutsui)
  • 7. Nuages (Django Reinhardt)
  • 8. Late Morning in Paris (Kazuo Washio)
  • 9. Made in France (Bireli Lagrene)
  • 10. Summertime (George Gershwin)
  • 11. 月のささやき (Kazuo Washio)

  • JAZZ LAB. RECORDS(JLR1004)
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ait guitar trio feat. Yu-Ma
"Triangle"

Disc Review

jazz life 2010年11月号より

2003年のギブソン・ジャズ・ギター・コンテスト「バンド部門」で最優秀賞を獲得したギタートリオによる2作目。3人のギタリストが織りなすハーモニーの美しさは絶品で、前作でもギター・ミュージックの素晴らしさを存分に伝えてくれた。今作ではゲストにヴァイオリン・プレイヤーを迎えて、楽曲にいっそうの色彩を加えている。スパニッシュ風、ジプシー・スウィング調はもちろん、ボッサ調、あるいはブルーグラス調など、どの曲においてもこのバンドならではの世界観が表されていて、三者三様のプレイ・スタイルで構築するアンサンブルはギター・ファンならずとも耳を奪われること間違いなし。(高嶋正樹)